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ジャンル:サーマルカメラ、サーマル単眼鏡

FLIR社の狩猟や監視用のサーマルカメラ「Scout」シリーズの第3世代版。640×512のセンサーを搭載した上位モデルを紹介。

執筆時期:2023年10月

SPECS │ 性能諸元(公式)

メーカー名(メーカー国・製造国) FLIR Systems(アメリカ合衆国)
サイズ(長さx高さx幅) 170mm×59mm×62mm
重量 340グラム
センサー解像度 640×512
レンズ焦点距離 33mm固定焦点
倍率 1倍/2倍/4倍(デジタルズーム)
視野(FOV) 18°x14°
フレームレート 30Hz
感度 50mk
使用電池(稼働時間) 内蔵リチウムイオンバッテリー(5時間以上)
防水性能 IP67
動作保証温度 -20℃~40℃
落下耐久性能 1m
最大検知距離(人間) 1140m
価格 3099ドル

Pros & Cons | 一長一短

※ここはあくまで、KUSEMONO TACTICALが想定する使い方、視点から見た一長一短です。

※一長一短をわかりやすく表記しているだけであり、項目の数や内容、順番による採点評価ではありません。

優れている点 シンプルでわかりやすい操作性
  比較的早い起動
改善を要する点 交換不能な内蔵バッテリー
  最近の競合他社製品と比較すると価格や性能面で劣っている
  動画や静止画の保存ができない
  レインボー等のより多層化されたカラーパレットが欲しい。

他も見習うべきシンプルで使いやすい操作


数年前、仕事で米国にて様々なサーマル製品を検証していた時、ズラズラと並べられた製品群の中から、私はFLIRのかつて見慣れていたScoutシリーズの製品に懐かしさを感じた。私にとって初めて見て触れたサーマルカメラは、Scout II 320(正確にはPS32)であったからだ。透明化したプレデターが、調子に乗って見ていた視界がまさにハンディサイズで得られる感動は忘れられなかった。その後、幕府陸軍偵察隊にいた頃に実際に購入し、演習場内にてプレデターごっこに勤しみ、仮敵役の部隊から恨みを買う日々を過ごしていた。


除隊後も、仕事や狩猟等で大いに活躍させていたのだが、イラク国内にて民間警備をしていた際に盗難に合うという悲しく間抜けなお別れとなってしまった。故に、Scoutシリーズには私にとって様々な思い出が流れ出てくるサーマルカメラであり、その最上位版を日本でもじっくり検証してみたいと思い、デモ機を拝借することにした。


付属説明書は厚紙一枚の簡素なもの。実際複雑な操作が必要な事はほとんど無いため、これでも十分ではある。


付属のポーチはバイクに装着できるバッグや荷室を製造販売しているCHASE HARPER USA製。背部にはMOLLEシステムやベルトに装着できるループ付き。


充電兼通信ケーブル。Scout3の上部にある、もはや懐かしきMini USB Type-Bポートに接続する。

充電だけでなく、後述するFLIR エンドユーザーツールを介してファームウェアの更新やカスタマイズ等を行うことが可能。設定の変更項目は、自動シャットダウンの時間変更(初期設定では15分間無操作でシャットダウン)、ボタンバックライトのON・OFF、カラーパレットの変更が可能。


ビデオアダプターケーブル。以前レビューしたFLIR PS32ではすごいへそ曲がりな手段で動画記録を行ったが、Scoutシリーズになってからは、USBポートからRCAケーブルへの変換でアナログビデオ出力ができるようになった。

だが面倒なことには変わりない。このケーブルから、IO データ社のアナレコ GV-USB2/AのようなUSB変換ケーブルを使うことで、PCやスマートフォンに映像を出力または記録という手順が必要だ。まぁ、現場での実用性は無いが、このようなレビューをする上では無いよりましだ。

後述する映像記録はすべてこのシステムを用いて記録したものである。


さぁそろそろ改めてScout 3 640を紹介しよう。これは、以前私が所持していた同社「PS32」のセンサー解像度等を向上させた最上位&アップグレードバージョンである。その名の通り、640×512のセンサーを搭載している。他にも、Scout III 320があり、こちらは336×256のセンサーではあるが、視野角は17°×13°、焦点距離19mmでリフレッシュレートは60Hzと、より近距離で素早く動く動物等の監視や索敵に向いている。

それではまずはほとんど変わりないが外観から。

基本的には緑色を基調としていたカラーリングが、サンドカラーになっている以外は、外観上の変更点はほとんど無い。

サンドカラー部分はサラサラとしたラバーパーツを用いており、グリップ性と耐衝撃性を向上している。

ラバーパーツ部に関しては加水分解等の劣化が気になると思うが、かつて所持していた同社PS32に関しては4年ほど各種訓練や現場で使用していたが目立つ劣化はなかった。もちろん、長持ちさせたいのであれば他の部位を保護した上でラバープロテクタント等の保護剤を塗布するのもいいだろう。(自己責任で)


全長は17センチ、重量は340グラムで、PS32時代と変わりない。片手で持つにもちょうどよく、装備や携行品に加えても苦にならない。

精密機械ながら、落下耐久度は1メートルを、防水・防塵性能はIP67(完全防塵&一定の水圧で30分間の水没に耐えうる)を確保している。PS32ではあるが、高温多湿の現場や訓練で使用し、大きな故障や不具合はなかった。

操作ボタン類はすべて本体上部にまとめられている。各種ボタンが何を示すのかわかりやすくて良い。(上から電源、モニター光量、カラーパレット変更、ズーム)

このシンプルでわかりやすい操作方法は素晴らしい。サーマルカメラやサーマル照準器は、特に機能が多く付くほどゴチャゴチャと余計な手間や手数の多い操作を強いられる製品が多く、目まぐるしく変わり、素早い判断が求められる現場でとても使おうという気が起きないものばかりだ。そんな中、このScoutシリーズは本当に手軽に使いやすい。特に私はカラーパレットの変更はよく行うため、これがワンタッチで可能なのはありがたい。

同社PTQ136も、もう少しここらへんのUIを改良してもらいたいものだ。


電源ボタンは長押しでオンになる。使用できるようになるまでは、若干時間のばらつきがあるものの、概ね4秒程度で使用可能となり、他製品と比べて比較的短い部類だ。バッテリーの消費が激しいため、長時間の付けっぱなしが難しく、場合によって頻繁に電源のオンオフをしなければならないサーマルカメラ。ここぞと言う時に速やかに起動できることは必須条件と言ってもいい。

しかし、PTQ136の時もそうだったが、公式では起動時間は1.5秒以下と言っている。一体なにをもってそんな爆速で起動できるのだろうか…?

バッテリーは内蔵リチウムイオン電池を使用。実際に使用してみると、概ね4時間程度の使用ができる感じだ。(公式では5時間)

モバイルバッテリー等から充電もできるが、充電中の稼働はできず、バッテリーの取り外しや交換もできない。あくまでPS32の時の話だが、リチウムイオンバッテリーそのものは、良質なものを使用しているみたいで、今まで過酷な環境下での使用や、ラフなバッテリー管理を行ってきたが、目に見えるバッテリーの劣化はあまり感じられなかった。

電源を入れると、ボタン類は薄暗く赤いバックライトが灯される。暗順応の阻害にはなるレベルでは無いが、もし対人を考慮して邪魔に感じる場合は、通信ケーブルとPCを介して本機の設定をいじることができる「FLIRエンドユーザーツール」を用いてバックライトをオフにすることも可能だ。


黒光りするゲルマニウムな対物レンズ部。対物レンズについているレンズカバーは、樹脂製の窪みにはめてあるだけなので、藪こぎ等で落っことしてしまうこともある。ご注意を。


電源OFF時にモニター輝度切り替えボタンを押すと、対物レンズ上のLEDが光って簡易的なタスクライトとして使用できる点は相変わらず。ほんのり手元を照らせれる明るさだ。(ボタンを押している間のみ点灯)

監視や偵察任務時には誤点灯しないように、カバーしたほうがいい。


接眼レンズ部。取り外し可能なゴム製のアイピースが付いている。

アイピースを外すと、樹脂製のプロテクターの中にLCD(液晶ディスプレイ)が見える。ディスプレイ解像度は640×480。336×256のセンサーを搭載しているモデルならまだしも、このセンサー(640×512)でこのディスプレイ解像度は低いと思う。小さなLCDなのでそんな問題にはならないだろうという考えではあると思うが。

アイリリーフは約1センチほど。アイキャップを付けた状態でメガネやゴーグルをしている場合は、中に設置されているディスプレイの四隅が見えなくなるが、使えないレベルではない。

プロテクターは樹脂製なので、傷がつかないように私はPS32を所持していた頃はスマートフォン用の保護フィルムを切り抜いて貼っていた。

接眼レンズ部左側には、視度調整用のダイヤルが備わっている。

さて、ここからは実際にサーマル映像を見ていこう。

Scoutシリーズには動画や静止画の保存機能は無く、映像出力のみがある。出力されたアナログ映像を、IO データ社のアナレコでデジタル映像として記録。そして、静止画はその動画をキャプチャしたものを貼っていく。その手順で絞り出され動画や静止画なことをご了承願いたい。

アナレコで記録された動画は、720×540の解像度で記録される。それらをここに掲載している静止画や動画は拡大して掲載している。以下がその動画だ。

 


そして上の写真がそのキャプチャ画像だ。膝までの高さがある雑草が生い茂る小屋を背景に、小銃を構えている曲者と犬を映している。

ScoutIII 640は、基本的にシャープネスを抑えて少しぼんやりした映像処理を行っている印象だ。正直これだけを見ると640×512のセンサーを搭載したサーマルカメラには見えないかもしれない。


もう少し違いをわかりやすくするため、「320×240」のセンサーを搭載した同社PS32(左)と、本製品(左)を並べてみた。レンズの焦点距離やセンサーの違いが大きいため、カメラを設置した位置はそれぞれ違う。

PS32が人と車から10メートルの位置に対し、Scout 3 640は30メートルの距離で設置。確か気温に関してはどちらもあまり大差なかったように覚えている

PS32と比較してScout3 640の解像感やノイズが減っている様子がよくわかる。

ただこうやって見ても、PS32よりもScout 3のほうがシャープネスは抑えられており、解像度は高いが少しぼやけている映像に見れる。

このScout3については、現在(2023年10月)も販売されている。8年くらい前の販売当時ならこれでもよかったかもしれないが、現在のより高性能化したセンサーや半導体、映像処理ソフトを搭載した他社競合製品相手だと少し力不足感が否めない。

フレームレートは30Hz、感度は50mk。対人戦や動物相手の索敵を行う上では使えないことはなく及第点であろう。

3つのカラーパレットと隠されたもう一つ

PS32の頃からそうだったが、FLIR Scoutシリーズに搭載されているカラーパレット数は3つと少ない。周囲の環境に応じて変更するカラーパレットは、多ければ良いという物ではなく、場合によっては多すぎるカラーパレットの中から目的のものを選ぶのに手数が必要でイライラすることもあるくらいだ。本製品に設定されているカラーパレットは、ホワイトホット、ブラックホット、グレーデッドファイヤの3つだ。

また、FLIR End User Toolを用いることにより、インスタラートのカラーパレットを選ぶことも可能だ。(このカラーパレットを選んだ場合は、グレーデッドファイヤは選択できなくなる。なぜか同時に切り替え可能なカラーパレットは3種類までのようだ。)それでは一つ一つ紹介していこう。

WHITE HOT | ホワイトホット


ホワイトホットモードは、サーマルカメラのカラーパレットの中で最もポピュラーと言ってもいい基本のモード。

温度が高いものを白、低いものほど黒く描写する。


都市部や山間部等、まんべんなく使えるカラーパレットである。また、コントラストが極端な場合でも、他のカラーパレットよりわかりやすいことが多い。


Black Hot | ブラックホット


反対にブラックホットモードは、温度が高いものを黒、低いものを白く描写する。

特に建物や車等の温度が低めの人工物のディテールに関しては、夜間の場合はまるでモノクロフィルムを見ているように繊細に描写され、索敵だけでなく、ナイトビジョンのように視界の確保を目的とする使い方にも適している。


環境によっては、森や草等の植物の描写がわかりにくいこともあるが、白と黒のコントラストがはっきりと映りやすいので、隠れている標的が見つけやすい・照準がしやすいという意味合いで法執行機関やハンターからの評価は高かったりする。


Graded Fire | グレーデッドファイヤ


こちらのみ少し映す角度が違っていて申し訳ない。

このカラーパレットは、ブラックホットをベースに、より高い温度の部位をオレンジ、黄色、白で表している。


周囲の中から温度の高いものを強調してくれるため、索敵に向いている。


使用する環境下によっては、オレンジや黄色で塗り潰れが起きやすくもある。山や草むらの中に潜む生物を探索する等の使い方が良い。

Inst Alert | インスタラート


※写真はFLIR – PS32のインスタラート画像です。

このモードに関しては、ホワイトホットをベースに、より温度の高い物を赤く目立たせるモードだ。比較的古いラインナップのFLIR製品ではよく搭載されていたカラーパレットだ。現在のラインナップには無いことが多い。

このモードの利点はなんと言ってもひと目で周囲より温度の高い箇所がわかるため、索敵に用いるのに適している。また、消防等における消火活動で、残り火やまだ燻っているところが無いか確認する際にも使われるようだ。高コントラストのシーンで威力を発揮するモードだ。

ただ、環境や状況によっては多くのエリアが赤く塗りつぶされ、見えにくくなる場合もある。特に、空を多く写している場合は地面等が真っ赤に塗りつぶされがち。後編で少し触れるが、本製品ではそこらの調整がされているようで、多少マシになっている。

故に、他のモード写真と比べて本モードの写真は地面が多く映るよう少し下に向けて撮影してある。


※写真はFLIR – PS32のインスタラート画像です。

このインスタラートは、さらに4段階のレベルに調整できる。写真のレベル1では、周囲の温度分布の中から最も温度の高い5%のエリアが赤く表示される。以降はレベル2で10%、レベル3で15%と、5%刻みで温度分布の高いエリアがより赤く表示される。

検査や産業用途ならまだしも、私の使い方では正直こんなに細かくレベル分けしてくれる必要性を感じない。カラーパレットの切り替えは、ボタンをポンポン押す毎に切り替わるのだが、インスタラートが4段階あるおかげで、任意のカラーパレットを選択するのを煩わしく感じることもある。

このインスタラートに取って代わるかのようにグレーデッドファイヤが入ったと思われる。ただ、グレーデッドファイヤでも塗り潰される現象が目立つ場面があったりするので、インスタラートのレベル1だけを残すという選択肢も欲しかった。このレベル1については森林内に潜む斥候員の炙り出し等でよく活躍させていた思い出がある。

欲を言うなら、他機種にあるようなレインボーパターンのように、より多層化されたカラーパレットが欲しいところだ。細かな温度分布がわかることにより、見えてくる敵や異常を察知することができる。

長距離、高温、隠蔽等のテストをレビューした後編はこちら ↓ ↓

【レビュー】 FLIR – Scout III 640(後編)