REVIEW >> ELECTRONICS & OPTICS | 光学機器類・電子機器類 >> ELECTRONICS & OPTICS | 光学機器類・電子機器類

前編はこちら ↓ ↓

【レビュー】 FLIR – Scout III 640(前編)

Pros & Cons | 一長一短

※ここはあくまで、KUSEMONO TACTICALが想定する使い方、視点から見た一長一短です。

※一長一短をわかりやすく表記しているだけであり、項目の数や内容、順番による採点評価ではありません。

優れている点 シンプルでわかりやすい操作性
  比較的早い起動
改善を要する点 交換不能な内蔵バッテリー
  最近の競合他社製品と比較すると価格や性能面で劣っている
  動画や静止画の保存ができない
  レインボー等のより多層化されたカラーパレットが欲しい。

さて、後編は近距離~遠距離における描写能力や外気温の違いによる描写の差を見ていこう。

参考に、こちらで記録した以下の動画を見ながらだとよりわかりやすいだろう。

平地 (水平位置)| 5~350メートルテスト


本製品は33mmの固定焦点レンズであるため、距離に応じてピント合わせをしなくてよい。

ただ、当然ながらそれはピント合わせができないことでもある。レンズのピントは10メートルくらいからはっきりと映るように設計されており、写真のように5メートルの距離にいる人間を映すと焦点が合っていない様子が見て取れる。それでは距離を伸ばしていこう。


今度は気温27度の平原にて50メートル毎の距離を見ていこう。相変わらずシャープネスが低いこともあり、距離が伸びる毎に人間の輪郭がだんだんぼやけていくものの、200メートルの時点では人としての形状は保っている。

動画は0:12~


250m~350mの距離では、T字形状になってはいるが、人らしきものがいることは認識できる。

動画は0:37~

平地 (水平位置)| 500メートルテスト・他カラーパレットやズームも交えて

次は同条件にて、より距離を伸ばして500メートル位置での撮影を行ってみると同時に、各種カラーパレットによる違いも見ていこう。


まずはホワイトホット。手の形状はわからなくなっているが、拡大画像を見てみると足が二本ある様子は見ることができる。直立している様子を見ても、スマトラオランウータンやアカホエザルでは無さそうだ

今まで320×240程度のセンサーを用いた製品では、水平位置からの500メートル撮影の場合、人間がほぼ映っていない事が多かったため掲載していなかった。しかし、本製品のようにレンズの焦点距離やセンサー解像度が上がることにより、検知や認識が可能となった。

(動画は1:02~)

 

 



今度は同じ距離で2倍、4倍とデジタルズームをかけてみた。画像補正が働いた関係で、デジタルズームにも関わらず、ズーム倍率を上げる毎に人間のディテールがわかりやすくなっている。この画像補正の能力については、PS32の頃よりも少し向上したように感じ取れる。

 


次はブラックホット。写真ではホワイトホットと比較すると少し対象が肥えたようにも見えるが、これは輪郭がよりぼやけてくる遠距離だとどのカラーパレットでも起こりうる。



グレーデッドファイヤ。なんだかより対象が太って見える。熱せられた道路や岩等は黄色やオレンジで強調されて見えるが、500メートル先の人間にはその効力が及ばず、通常のブラックホットで見た状態とほぼ描写に変化は無い。

 



インスタラートのレベル1と2。レベル1~4全てを試してみたが、ここでも対象が赤く強調されて描写されることはなかった。

レベル1と2を比べてみるとわかるが、レベルが上がるにつれて山や林の温度分布のディテールがより細かく描写されるようになっている。レベルを上げることで、赤く描写する温度の閾値が変わるだけでなく、画像補正のかけ方も違ってくるのがわかる。


サーマルカメラは特に空や海等が大きく映っていると、その他の細かな描写が曖昧になることが多い。上の写真はPS32のインスタラート(レベル1)の画像だが、カメラを少し下に向けると、550メートル先の人間でも一部赤く強調表示されるようになった。

この手法は他カラーパレットや、他社製品でも可能だ。なんだか対象が見えにくかったり、白飛び等が目立つ場合はやってみると、改善される場合がある。



今度は同条件で4倍のデジタルズームをかけてみた。すると下半身付近一部が赤く強調表示されるようになった。なぜこの部位が強調表示されているのかは不明。(撮影モデルが一種の興奮状態になっているわけではない。)




レベルを3、4と上げていくと、全身が強調表示されるようになった。ただ、周囲の強調表示領域もどんどん増えていくため、逆に見逃してしまうことにもなりかねない。

このようにカラーパレット毎に色だけでなく、画像補正による見え方も変わってくる。環境や状況に応じてカラーパレットを戦術的に変更することは、サーマルカメラを使用する上で大事な手法だ。

故にカラーパレットは、本製品のように手軽に早く変更できる事が重要。

平地(見下ろし位置)| 500メートルテスト


高台に移動し、見下ろし位置にカメラを設置して510メートル先の人間を撮影。カラーパレットはホワイトホット。(動画は2:10~)

周囲と比べて冷えて黒く映る地面との対比もあり、より白くわかりやすく描写されているものの、まるで長方形の妖怪ぬりかべのようなディテールとなり、人間かどうかの識別が難しい。

公式によると、人間の最大検知距離は1140メートルとのこと。これらを見る限りでは、同じ場所と気温条件ならぎりぎり1キロ前後なら検知可能だろうと推測される。


ある意味でうちのサーマル製品レビューの恒例ともなっているウサギの撮影。

今回は、510メートル位置への移動時にウサギをカメラで捉えることができた。カメラとの距離は340メートル。(ちなみに移動には自転車を用いている。うっすらとだが320メートル位置にいる人間が自転車に乗っている様子がわかる)

ここまでの写真の中でも、実はとこどころ小動物が映っている。だいたいウサギ、タヌキ、キツネだ。

平地(見下ろし位置)| 高温環境下での描写1


もっと厳しいテストをしてみよう。

今度は同じ場所だが、気温は36度の高温状態での撮影だ。しかも平原の定期整備がされる前だったため、腰の高さくらいまで草が生い茂る環境となっている。(動画は2:28~)

今までと比べるとかなり不利な状況だ。当然人間かどうかの識別は不可能と言っても良いし、この対象が動いていないと検知していることも見逃してしまうかもしれない。


こうなるとズームを行ったところで知れている。あとは対象の動きによっての判別か、自分の足で近づいて確認しに行くくらいしかないだろう。

石畳と芝生 │ 高温環境下での描写2


次は石畳と芝生のあるエリアにて撮影。こちらも気温31度の真夏日。カラーパレットはホワイトホット。

150メートル先の芝生エリアを横切ってもらったが、これくらいの気温や距離であれば、温度上昇が比較的抑えられている芝生ということもあり、人間のディテールはしっかりと出ている。場合によっては服装も少しなら判別ができることもある。


しかし、これを熱せられた石畳へと移行すると、地面と人間の温度差が少なくなり、判別がしにくくなる。ご覧のように、より近い100メートルであってもこの見えにくさだ。


カラーパレットをグレーデッドファイヤへと切り替えてもう一度同じテストを行ってみた。

生い茂る木々の様子はこのカラーパレットだとディテールが崩れてわかりにくい。人間も、黒く描写された芝生内に白く浮かび上がっていたホワイトホット時のほうがよりわかりやすかった。

強調表示も、手前の石畳や人間の左にある岩のほうが高温のため、思ったより人間が目立たない。


石畳へと移行させても、溶け込んでしまっている様子は変わらない。

サーマルカメラにおいて、高温環境下で周囲と対象の温度差が少なくなると不利となるのは、センサー解像度が上がろうと変わりないことだ。もっとわかりやすく判別するには、より細かな分解能や画像処理能力も必要だ。

画面左上の黄緑色の四角いマークは、カメラの較正が行われる予告や最中の表示だ。このような非冷却型のサーマルデバイスは、本体の温度や周囲の環境に合わせ、発生する計測誤差を修正するために適時較正(キャリブレーション)を行う。そのため、状況によってまちまちだが、数十秒から1分半位の間隔で、映像が1秒弱ほど一時停止される。目を離せられない対象を監視している際は、そのことに留意してもらいたい。

較正が行われる約2.5秒ほど前になると、写真のように黄緑色の停止マークが左上に表示されるので目安になる。


体温と同じくらいに熱せられた岩から覗いてもらった様子。

一応上半身のシルエットは描写されており、動いていれば人間がいるとわかるだろう。

茂みへの隠れんぼ | 高温環境下での描写3


こちらは34度の高温環境下で、45メートル先の木や茂み内に隠れている様子を撮影。茂みはそこまで濃くは無いものの、目がよかったり、索敵能力の高い人で無いと発見は難しい状況。(動画は2:53~)

こういう場面ではグレーデッドファイヤは効果的だ。青々と伸びている茂みや森林内に潜む動物や人の発見に良い。欲を言うならば、より多層的に温度分布を描写することができるレインボーパターンのカラーパレットがあれば尚良い。

その手前のオレンジ色に強調表示されているエリアは熱せられたアスファルトだ。この手の高温エリアが画面を多く専有すると、他の対象がわかりにくくなってしまうことがある。サーマルカメラを索敵等に使用する場合、極端な温度のエリアを画面外に持っていく工夫も大事だ。

より長距離に対する描写


より長距離の対象も見てみよう。写真は8000メートル先の町の様子を撮影したもの。



ズーム毎に画像補正が少しかかっているのがわかるが、一番町としてわかりやすいのは2倍率時だろうか。

Conclusion | 総評


この機種を検証していたのは数年前(大人の事情でレビュー記事を掲載することを見合わせていた)だが、その時点ではまだ持ち合わせていたシンプルな操作性やFLIR社の信頼性からある程度の評価はしていた。

しかし、現在(2023年10月)の競合他社のラインナップを見る限りだと、さすがに時代遅れ感を否定できない。例えば、ATN社のODIN LT 640 1-4Xや、Pulsar社のAxion 2 XG35だと、500ドル安い価格で同じサイズのセンサーに、より進化したプロセッサー等を搭載している。

ODIN LT 640はヘルメットへ装着可能で実売価格帯はさらに安く、Axion2は録画機能や交換可能なバッテリー等機能性も高い。

その現状を踏まえ、8年ほど前から大きくアップデートもされることなく、3099ドルの価格は商品力として説得力に欠ける。

ただ、このScoutシリーズのシンプルな操作性や機能性は本当に魅力的だ。余計な機能は本当に少ない。カラーパレットも必要最小限しかないのでむしろ使いやすい。刻々と状況が変わっていく現場で、ごちゃごちゃと複雑煩雑なUIやてんこ盛りの選択肢にイライラすることはない。より実戦的なサーマル単眼鏡や照準器にも、同社他社問わずこのようなシンプルで手軽に素早く扱いやすい製品がもっと出てほしいものだ。