REVIEW >> ELECTRONICS & OPTICS | 電子・光学機器類 >> ELECTRONICS & OPTICS | 光学機器類・電子機器類

ジャンル:ライフルスコープ・プリズムスコープ

カナダの可変倍率機能付きプリズムスコープの中距離戦闘版

執筆時期:2020年2月

※ほぼ初対面にも関わらず、本製品を快く提供してくださったT氏に感謝いたします。

SPECS | 性能諸元

メーカー名(メーカー国・製造国) ELCAN Optical Technologies (カナダ)
全長 約18.3cm
重量 約705グラム
カラー ブラック、FDE(本製品)
本体素材 アルミニウム(硬質アルマイト処理)
対物レンズ径 42mm
倍率 1.5倍、6倍
視野 (FOV) 86~21フィート / 100ヤード:28.7~7m / 100m
アイリリーフ 70mm
レティクル(SFP:第2焦点面) CX5455
イルミネーター 赤色LED(650nm) クロスヘア・センタードット各々5段階
使用電池 CR2032リチウム電池
動作可能温度 -40℃~65℃
防水性能 水深20m / 2時間
価格(購入価格) 2985ドル(2018年4月、2200ドルで購入)

マッシブな万能プリズムスコープ


コンパクトな作りのプリズムスコープには、倍率を変更できないという欠点がある。その欠点を克服し、倍率変更能力を付与した数少ないメーカーがELCANエルカン)だ。エルカンはカナダの光学照準器メーカーで、小銃や機関銃向けのプリズムスコープを主力製品としている。頑丈なスコープとして定評があり、カナダ、アメリカ、イギリス軍での採用が目立つ。

エルカンの親会社はミサイルやレーダー(あと電子レンジ)でお馴染みのレイセオン社(Raytheon)である。


そのエルカン社のプリズムスコープの中でも、SpecterDRとSpecterTRシリーズが倍率変更可能な製品だ。SpecterDRには1倍率と4倍率に可変できるものと、1.5倍率と6倍率に可変できるものがあり、SpecterTRは1倍・3倍・9倍と3段階の可変が可能だ。

Specterは幽霊や妖怪の意味。DRはDual Role(一人二役)、TRはTriple Role(一人三役)の略。

今回紹介する製品は、1.5倍率と6倍率に可変することが可能な中距離戦闘向けプリズムスコープ「 SpecterDR 1.5x/6x (FDEカラー)」だ。(DFOV156-T1)


まず外見を見て思うのは圧倒的な塊感だ。どこぞのプリズムスコープを拉致ってプロテインとステロイドを投与したようなマッチョなボディだ。

FDEカラーの塗装の塗りムラ、全体的な研磨仕上げの若干の甘さが合わさり、まるで粘土細工にダイヤルやレバーを付けたような異質な光学照準器だ。

以前海外のショップで1x/4x版(SpecterDR 1-4x)のブラックカラーを見たことがあったが、それに関しては塗りムラはマシだった覚えがある。

ただ、複雑な機構を組み込んでいる割にはスコープとしての耐久性や完成度は非常に高いと評判だ。ちなみにボディ素材はHA処理(硬質アルマイト)されたアルミニウム。


「6X」と「1.5X」と書かれている下にあるレバーは、倍率変更レバーだ。このレバーを下ろして、移動させることで倍率を1.5倍か6倍に変更できる。

ここでポイントなのは、1.5倍~6倍ではなく、1.5倍と6倍の二段階のみの倍率変更となることだ。SpecterDRは、複数の凹凸レンズの間隔を変えて倍率を変更させる可変倍率スコープや望遠レンズと違い、焦点距離の違うレンズを内部に2個搭載し、それを切り替えて倍率変更を付与している。最近スマートフォンに流行りの、複眼式カメラのレンズ変更をアナログで行っているような感じだ。

レバーの動きはスルスルと滑らかで、余計な力無く、指一本で簡単に移動させることが可能。通常の可変倍率スコープの、倍率変更ダイヤルよりも体勢を変えることなく動かせる。

ボディ上部に付いている黒い突起二本は、緊急時用のアイアンサイトとなっている。本製品では、5.56mmNATO弾を使用時に、距離35メートルでゼロインできるようにセットアップされている。


緊急時用アイアンサイトに関しては、上下左右の微調整はできないが、斜め右上、左上へのオフセットはできるようになっている。付いているマイナスネジを外すことで移動可能だ。

フロントサイトとリアサイトの間にあるスペースには、専用マウントを載せることで、ドクターサイト等のダットサイトを装着可能となる。


こちらの「○」だの「+」だのの表記が描かれているダイヤルはイルミネーションダイヤルとなる。

このイルミネーションダイヤルは実に多機能で、反時計回りに回すとレティクルの中央ドットのみ、時計回りに回すとレティクルのクロスヘア中央付近を中心に全体を灯すことができる。各方向共に5段階の光度切替が可能で、内二段階はAN/PVS-22を基準に、暗視装置に対応したモードになっている。

ダイヤルのテンションは柔らかい感じで、ポクッポクッと動かすことができる。

ダイヤルのマイナス溝にコイン等を入れて回すと、電池ケースになっており、CR2032リチウム電池を1個入れてイルミネーションを光らすことができる。

SpecterDRの旧モデルのイルミネーションダイヤルは若干小ぶりで、脱落防止用の紐が付いている。電池もDL 1-3NというカメラやAimpoint Comp M2等で使うようなマイナーな電池を使用していた。電池の入手性の悪さや、ダイヤルが使いにくいとの要望で今のモデルでは変更されたとのこと。私も新モデルのほうが使いやすく好きだ。


反対側の側面も、様々なギミックが満載している。まずは装着されているQDマウントだが、こちらはARMS製のQDマウントとなっている。取り外しは基本的には想定されておらず、MIL-STD1913の20mmレールに対応している。ガッチリと正確に固定され、脱着も簡単なARMS製のマウントは良好だ。

「UP→」と描かれている下のダイヤルはエレベーションダイヤル(レティクルの上下調整)となっている。ダイヤル上部の銀色の小さなレバーを下げるとロックが解除され、カチカチと動かすことができる。

「R」の表記があるダイヤルはウィンテージダイヤル(レティクルの左右調整)で、両者とも1クリック0.5MOA(91mで12.7mm)の移動量。クリック感は明瞭。

一見むき出しのダイヤルやレバーが多く、防塵・防水性能等は大丈夫かと不安になるが、並のライフルスコープよりも各種耐久性等は高いらしく、大きな不具合が頻発しているような評価はあまり散見されない。


対物レンズ(写真左)は全長18cmのスコープとしては大型の42mm径だ。コーティングは黄色や薄青・緑系。

接眼レンズ(写真右)のコーティングは薄い緑や青系だ。このスコープには、銃の反動等から目を保護するアイピースの類は付いていない。アイリリーフが短くなるプリズムスコープなので、そこは留意しておいてほしい。

また、視度調整ができないタイプのスコープでもあるので、乱視等で普段からスコープのレティクルが見えにくく、視度調整をよく利用する人は、一度実物を見てから購入したほうがいいだろう。

私も目が悪く、乱視も若干入ってはいるが問題はなかった。


写真は内部のレンズが倍率変更によって切り替わっている途中。1.5倍、もしくは6倍の倍率変更を行うことによって内部のレンズが90度回転して切り替わる。

驚くべきことにこの切替を行ってもゼロインがズレることはない。よほどの工作精度と高い製造技術が無いとこのシステムを量産品として作ることは無理だろう。

ただ、通常の可変倍率スコープのように無段階倍率ではないので、2倍や3倍といった間の倍率にすることは構造上不可能。


公式別売りオプションとして、Tenebraex社製のフリップアップレンズカバーとキルフラッシュを同時装着することもできる。販売店によっては、これらのオプションが同梱されている場合もある。

フリップアップキャップは、180度付近で曲げると固定される。はめ込むのは少しやりにくいが。


こちらは同社のキルフラッシュ。正式名称はARD(Anti Reflection Device:反射防止装置)で、一般的なキルフラッシュ同様、ハニカム構造の金網が付いていて対物レンズの反射を抑える。これを装着した場合の視界の低下に関してはまた後ほど。

その他の別売りオプションとして、同じくTenebraex社製のレーザーフィルター等も販売されている。こちらは、射手の目をレーザー照射から守るもの。


※画像クリックで拡大可

本製品は5.56×45mmNATO弾での使用を前提としたCX5455レティクルを採用。倍率を変更してもレティクルの大きさが変わらないSFP(Second Focal Plane : 第二焦点面)となっている。

クロスヘアレティクルで、中央ドットは1.5倍率で6MOA、6倍率で1.5MOAのサイズになっている。

レティクル下線は、中央ドットを100メートルでゼロインした場合、300~1000メートルまでのBDC機能(距離による弾道落下予測)ができるように区切られている。しかも、300~800メートルまでの区切りの横線は、ちょうど19インチ(約48cm)の長さになるように調整されており、これは成人男性の平均的な胸部の幅となっている。距離がわからないターゲットに対して、上半身さえ見えていれば、この横線を合わせることで、おおまかな距離が800メートルまではわかるというわけだ。

また、左下のイラストも、300~800メートルまでの距離計測に使用できるレティクルになっており、上段線をターゲットの頭頂部に、下段線をターゲットの上半身下端に合わせることで距離を計測できる。上段と下段線の間は約76cmのサイズになるように設定されている。

このレティクルの特殊機能に関しては、6倍率時でないと機能しないので注意を。

レンズは暖色傾向に映る。


※画像クリックで拡大可

100メートル先に青のツナギを180cmの高さに設置

レンズを覗いてまず思うことは、プリズムスコープとしては高い透明度と明るさ、そして解像度の高さに驚く。6倍率に変えても、中央寄り右下に少しフレアが出ていることを除けば、高い光学特性は維持されており、ターゲットを鮮明に捉えることができる。逆光等に対しても余計なゴーストが出ることは少ない傾向にあった。

右周辺部が少し白っぽくなっているが、これは撮影によるミスなので気にしないでほしい。

クロスヘアレティクルが、外側は太く、内側は細い形状のため、ターゲットをセンタードットに合わせるまでのガイドがしやすく、素早く射撃する手助けとなる。

センタードットの大きさが、精密射撃や長距離狙撃を行う際には少し大きいと感じる人はいるかもしれないが、CQBスコープと考えると、私は狙いやすく問題ない。


さて、前述したように、エルカン SpecterDRの面白い特徴として、レティクルを2通りの光らせ方ができる点を紹介しよう。

イルミネーションダイヤルを時計回りに回すと、写真左のようにクロスヘアの中心付近を光らすことができる。このモードは最大光量にしても、曇りの時ですら光っているのがわからないくらいに暗い。完全に暗所や夜間用のイルミネーションである。暗視装置との併用でも使用できるようだ。

そして、イルミネーションダイヤルを反時計方向に回すと、写真右のように中央のセンタードットのみが光るこのイルミネーションは非常に明るく、最低光量でも暗闇の場合は少し明るく感じ、最大光量の場合は、日中でも十分すぎるくらい明るく灯すことができる。光量そのものは、同じく非常に明るいイルミネーションでお馴染みのVortex Razor HD Gen2 1-6xと同等かそれ以上の明るさであり、1.5倍率で6MOA、6倍率で1.5MOAのドットサイズを考慮すると、より明るく感じる。

また、もう一つ素晴らしい点として、対物レンズ側からはイルミネーションが灯っている様子がほぼわからず、真っ暗闇であったとしても、環境に合わせた常識的な明るさであれば、裸眼では近距離であってもイルミネーションが灯っている様子を視認できない。明るいイルミネーションのスコープは数あれど、この点まで考慮したスコープはなかなかお目にかかれない。


先ほどと同じく、100メートル先のターゲットにドットイルミネーションを灯した状態で照準してみた。(最大光量)

1.5倍という等倍よりも少し拡大された視界に慣れれば、非常に明るく、1.5倍率時には6MOAと少し大きめなドットイルミネーションのおかげで、CQB時にはダットサイトのような運用が可能だ。故に、SpecterDRやTRシリーズを3Gunのようなスピードが求められる競技や、軍や警察系武装組織がCQB戦闘時に用いる理由は納得がいく。

ひとによっては、イルミネーションを灯すことで、センタードットがより大きく感じることになるので、この点は好みがわかれるかもしれない。


こちらは、オプションのキルフラッシュであるARD(Anti Reflection Device:反射防止装置)を装着した場合の視界。

実際は写真ほどではないが、1.5倍時にはARDのハニカム構造がよく映り、少し視界の邪魔になってしまう。個人的にはハニカム構造がチラつくことはあるが、使えないレベルまではいっていないと思う。

6倍率時にはあまり気にならないレベルに落ち着く。


本製品のアイリリーフは、プリズムスコープとしては長めの7cmを確保している。アイリリーフ幅は5.2~7cmであり、何よりもすごいのが、倍率を変えてもこのアイリリーフが前後しないことにある。

そのため、倍率を変えたとしても、頬付けの位置を変化させる必要性も無いので、スタイルを崩しにくい。

アイボックスに関しては、プリズムスコープならではの狭さを感じる。この点はプリズムスコープとしては並といった感じだろう。


本スコープの重量は705グラムと、マウント一体型として考えると、並の1-6倍ショートスコープの重量と比べてそこまで重いわけではない。

むしろ全長は18cm程度で、重量配分もバランスが取れているので、重量級のVortex Razor HD Gen2 1-6xや、Gen2-Eを装着した状態よりも、バランス良く感じる。

本スコープを装着した際の、マウントレールから対物レンズ中心部までの高さは約3.7cm。

Conclusion | 総評


本スコープの価格は2985ドルで、2020年現在の実売価格は2300ドル~1900ドルほどで販売されている。一見少々高価な価格設定に思えるが、マウント一体型であり、販売店によってはレンズカバーやキルフラッシュが同梱されていること、そして高性能なレンズ性能やイルミネーションを備えていることを考えると、そう悪くない値段なのかもしれない。

素早くスマートに変更できる倍率切替や、柔軟性があり、様々なシチュエーションで使用できるレティクルやイルミネーションを備えたものは、プリズムスコープとしてはもちろん、ショートスコープの中でも数少ない。

プリズムスコープ界の代名詞である、Trijicon ACOGシリーズは固定倍率であり、アイリリーフが短く、場合によってCQB戦闘では使いにくいこともある。

外見は少々異質なイメージがあるが、CQBから中距離戦闘までスマートにこなすことができる素晴らしいプリズムスコープであり、もしプリズムスコープをどれか一つ選べと言われたら、私は迷うこと無く本製品を選ぶだろう。