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ジャンル:サーマルモノキュラー
ATN社の単3電池で駆動できるミドルクラスのサーマル単眼鏡
検証人数:4人
執筆時期:2020年6月
SPECS │ 性能諸元(公式)
メーカー名(メーカー国・製造国) | ATN (アメリカ合衆国・不明) |
サイズ(全長×全幅×全高) | 174mm×80mm×80mm |
重量 | 約703グラム |
センサー解像度 | 384×288 |
対物レンズ径 | 19mm |
アイリリーフ | 65mm |
倍率 | 1.25倍~5倍(デジタルズーム) |
視野(FOV) | 16°×12.5° |
フレームレート | 30Hz |
使用電池(稼働時間) | 単3アルカリ・リチウム電池4本(リチウム電池使用時:8時間) |
防水性能 | 防雨型 |
動作保証温度 | -20℃~50℃ |
人体検知距離:識別距離:鮮明識別距離 | 625m:280m:170m |
Pros & Cons | 一長一短
※ここはあくまで、KUSEMONO TACTICALが想定する使い方、視点から見た一長一短です。
※一長一短をわかりやすく表記しているだけであり、項目の数や内容、順番による採点評価ではありません。
優れている点 | ✔手軽に交換可能な単3電池駆動 |
改善を要する点 | ✘電源を入れてから使用可能になるまでが7秒前後かかる |
✘UIが煩雑で使いにくい | |
✘意味のないスリープモード | |
✘改善が必要なカラーパレットが多い | |
✘白飛びが起きやすい | |
✘NUCはレンズを塞ぐ必要がある | |
✘重くて持ちにくいボディ形状 |
単3電池で動くてんこ盛りサーマル
実は今回紹介する「ATN – OTS HD384」のレビューに関しては、3~4年ほど前に行っていたものである。とある業務で様々なサーマル製品の勉強会や検証をしており、ちょうどいいのでその中からいくつかレビュー記事に載せてみようと考えた次第だ。それが今になって掲載するのは、大人の事情が発生して掲載がなかなかできなかったためと思っていただきたい。この業界(安全保障関連)はいろいろと難しいのだ。
ATNはアメリカの企業で、デジタルやサーマルの暗視装置で有名だ。デジタル暗視装置は狩猟業界で人気であり、サーマル製品に関してはよくFLIR社のライバル機種として挙げられることが多い。
さて、このOTS HD384はATN社のミドルクラスのハンディーサーマル単眼鏡だ。この手のクラスによく搭載されている、320×240や、336×256よりも大きな384×284の解像度のサーマルセンサーを搭載して売り込んでいる。
→現在(2023年)OTS HD384は、第4世代である「OTS 4T 384」シリーズとなって受け継がれている。
→また、単眼鏡タイプのこのサーマルカメラは、20mmマウントを付け加えたサーマルスコープ版もあり、そちらは「ThOR HD 384」という名に変えて販売している。ThORシリーズに関しても、レビューを控えているためしばし待っていただきたい。
●このサーマルカメラ、ともかくサーマルカメラ以外の機能が多くてんこ盛り状態だ。ブルートゥース、電子コンパス、加速度センサー、Wifi、動画静止画撮影、磁気センサーにGPS、HDMI出力まで入っている。ちょっとこの時点で嫌な予感がしていた。このようにゴテゴテと余計なものが入ってる製品は、だいたいあまり良いものではない傾向にある。
●ある意味それを物語るような余計な機能がある。それがレンジファインダー(測距)機能だ。レーザーを照射して秒でターゲットまでの距離を計測できると思った方は残念。そんなお手軽便利なものではなく、加速度センサーを応用し、対象の上部と下部をマークしてそこから距離を導き出すタイプだ。実際にやってみたが、誤差が大きいわ、三脚かなにかで固定していないとめちゃくちゃやりにくいわであまり使い物にならない。だいたい、動物にしろ人間にしろボケ~っと動かず突っ立っていないと計測はより難しい。
→ちなみに本体底面に三脚用ネジ穴は設けられている。
●合成皮革のハンドストラップは取り外し可能だが、人間工学をあまり考えられていない形状なのであったほうがいい。
●操作は上部のボタン群で行う。ボタン操作は誤動作を防ぐために出っ張っていないタイプで、プコプコとクリック感は少し乏しいものの、ボタンはある程度の大きさがあり、操作UIも基本的にはわかりやすい。
●ただ、機能が多いため操作項目が少し煩雑になっている感は否めない。動画撮影やカラーパレットの変更等、よく使用するものはショートカット機能を設けたり、機能をもっとシンプルに削ぐか、せめて単純な機能のみを使用できるモード等を作って欲しい。
●ちなみに電源を入れてから使用できるようになるまでは概ね7秒ほどかかる。ちょっと遅い…。
●右側面の大きな丸い蓋は電池ケースとなっている。このサーマル単眼鏡、単3電池4本で駆動することができ、電池切れの際も入手や交換がしやすい。だが、アルカリ電池だとスタミナが無く、使用環境によっては2~3時間で電池切れとなる。コストがかかりがちだが、安定駆動をさせたいのならリチウム電池が良い。
→充電式のニッケル水素電池だと駆動はできるものの、使用は推奨されておらず、画面上に頻繁に電池切れ警告マークが表示されることになる。また、電圧の高いその他充電式電池は使用不可だ。
→電池の入れる向きを間違えると、本体が異常加熱を起こすので注意を。
●そう言えば駆動に関してだが、本製品はスリープモードという機能が備わっている。これを聞くと、お!省電力状態になって起動したい時には瞬時に使えるモードなんだな!って思うかもしれないが、現実はそう甘くはなかった。このモードを選択すると、モニターと一部センサーがオフになるものの、スリープ復帰時間は電源オンからの時間とほぼ変わりない。でも裏方は動いているので電池は消費されるし、本体も徐々に加熱されていく。スリープモードとしての意味が無いのでは…?開発者を呼び出して申し開きをさせたい。
●このサーマル単眼鏡、ボコッとした外見に説得力を加えるが如く、700グラム超えの重量がある。この手の製品の平均的な重量の倍以上ある。単3電池が4本も入っているのがそれに拍車をかけている。
●サイズ感に関しても、出っ張った電池ケースのおかげでより大きく感じるだろう。おかげで携行性があまりよくない。適当にそこらへんから引っ張り出してきた形状と合わないポーチも問題だ。
●本製品は19mmのゲルマニウムレンズを搭載した最小倍率1.25倍の低倍率モデル。他にもより倍率の高いモデルが数種類ラインナップされている。
●対物レンズ側のレンズフードはフォーカス調整リングとなっておりクルクルと回る。自分の見たい対象物に対して適切なピント調整ができるものの、おそらくF値が小さい関係上、ピントが合っていない距離の対象物が見にくく、正直使いにくい。
→接眼レンズ側は画面表示に対する視度調整リングとなっている。
●大き目なアイピースが付いている接眼レンズだが、公式ではアイリリーフはライフルスコープ並みの65mmとある。だが実際にはその他のサーマル単眼鏡と変わらず10~20mm程度しかない。JAROのコダイが踊りだすような嘘つき数値だ。
撮影画像について
●この製品は静止画と動画の両方を記録できると言ったが、静止画の場合は動画と比べ、コントラストが高くなると同時に暗く映る現象が起きる。わかりにくいため、以降は動画からキャプチャーした画像をメインにレビューしていく。
●ちなみに静止画は左ボタン、動画は右ボタンを押せばワンタッチで撮影が可能である。記録データについてはMicro SDカード(64GBまで対応)を別途購入して挿入する必要がある。
※撮影画像の年月日時刻等は適当に設定した数値です。
今回も記録した動画をアップしているので、それを見ながら読んでいただきたい。
カラーパレット
サーマルカメラにおけるカラーパレットの選択肢や性能は、製品の良し悪しを左右するけっこう重要な要素だ。カラーパレットの数は多ければ良いというわけではなく、いかに使いやすく見やすいかの質も大事なのだ。
もう最初から言ってしまうが、本製品はこのカラーパレットがあまり優秀とは言えない。
まずはサーマルにおけるカラーパレットの基本である、ホワイトホットとブラックホットだ。(ホワイトホットは温度が高い部位が白くなり、ブラックホットは黒くなる。)
●ご覧の通り、ホワイトホットは普通に使えるのだが、ブラックホットに関しては黒つぶれしがちだ。この製品、ホワイトホットと一部のカラーパレット以外は、高温部と低温部がまばらに分布する都市部や人混み等で塗り潰れが起きる傾向にある。
●このように、ポツンと人間一人(+犬一匹)の状態だとブラックホットもわかりやすく描写してくれるのだが、家や人間の服装・装備品等細かいところのディティールはやはりホワイトホットの方が鮮明だ。
●今までだと、ブラックホットのカラーパレットは建物や背景のディティールがわかりやすく、夜間における暗視装置代わりとしても使っていたりするが、OTS-HD 384に関してはその用途としてもあまり使えなかった。
↓ 参考までにFLIRのPS32のブラックホットモードと見比べていただきたい。
上段がFLIR PS32(現在は小改良をしてSCOUT II 320という製品名)、下段がOTS-HD384 1.25-5xだ。
●こうして見比べると、PS32の方がシャープネスの度合いが高く、カリカリに解像されている。HD384はソフトだ。
これを踏まえた上で他のカラーパレットも見ていこう。(動画 0:08~)
●赤系のカラーパレットは2種類あるのだが、どれも塗り潰れが起きやすい。まだ下段の方が温度による色分けがされるのでましだ。
●その他グリーン、パープル、レインボーと見ても、グリーン以外は塗り潰れが起きやすい。
●実際様々なシチュエーションで使用してみたが、結局ホワイトホットばかり多様していた。後は塗り潰れが起きやすいとは言え、森の中で人間や獣をあぶり出しやすいレインボーと、保険のためブラックホットがあれば十分だ。
レティクル
面白いことに、サーマル単眼鏡なのにレティクルを表示することができる。(動画 1:09~)
●これはライフルスコープ版であるThORシリーズと共通のボディなので、ソフトウェアも共通のものを使用している関係上だろう。このレティクルは通常の設定では出せず、少しわかりにくいように隠してある。
●レティクルは写真以外にも数種類の中から選べるよくばりレティクルビュッフェとなっているのだが、それぞれのレティクルの表示等の説明が一切無いので非常に困る。
●その他レティクルの色も、赤、オレンジ、黄色、緑、水色、白、グレーと多くの選択肢が用意されている。
長距離テスト | 50~500メートル
いつものように最大500メートルまで離れて長距離テストを行ってみた。(動画 1:48~)
気温24℃の草原にて、天気は曇時々晴れ、山と空を背景に水平位置で身長165cmの人間を撮影。300メートルから先はわかりにくいので、左下に拡大画像を表示した。(50~400メートル)
●どの距離においても何かいるのはわかるが、150メートルを過ぎたあたりから表示されているものが人間なのかどうか怪しくなってくる。
次に、背景の山や空と重なりにくいように、高台に登って500メートルまでの距離を撮影。その他条件は先程と同じ。
●公式によると、人間を鮮明に識別できる最大距離は170m、とりあえず識別できる距離は280m、検知できる距離は625mとなっている。今回の撮影記録を見る限り、概ね公式通りの数値ではないかと思われる。
●長距離性能としては、FLIR社のPS32(SCOUT 2 320)とほぼ同等ではないだろうか。
●そう言えば塗り潰れの件だが、ほぼ唯一塗り潰れの少ないホワイトホットであっても、上の画像のように体勢を変える等のちょっとした温度分布の変化で白飛び等が起こりやすい。(動画 3:41~)
●ここらへんの映像処理能力に関しては、FLIR社のほうが優れている。
●そうだ、もう一つ大きな問題がある。それがNUC(Non Uniformity Correction)機能である。NUCは周囲やサーマルカメラそのものの温度変化等で生じる映像の劣化や乱れを補正する機能で、ほぼ全てのサーマルカメラに必須の機能だ。
●このNUCに関しては、多くのサーマルカメラは自動で行われるのだが、本製品に関しては手動で行う必要性がある。電源ボタンをタップするだけのワンタッチで可能で、ここぞと言う時に勝手に補正作業をされて映像が一時停止する自動より良いじゃないかと思う方もいるかもしれないが、こいつは更にもう一つ手数がいる。それは、NUC作業をする前にレンズキャップや手等で対物レンズを塞がないといけないのだ。そうしないと、NUC直前の映像が残像のように残ってしまう。ハードやソフトの制御でシャッターを設けていないのでこんな手数が必要なのだ。場合によって片手が塞がっていることやNUCを頻繁に行う必要性があるため、この作業はけっこう面倒だ。
デジタルズーム
●デジタルズームに関しては1.25~5倍率の間で可変できる。
●所詮はデジタルズームであり、しかもズームに合わせて映像処理は行っている感じがしない関係上、画質は荒くなる一方だ。無いよりはまし。
●設定により、さらに高倍率ズームも可能となっているが、正直使う気は起きない。
Conclusion | 総評
●この機種、私は過去においても現在においてもFLIR SCOUT 2 320やSCOUT 3 320と比較をよくしている。SCOUT 2はフレームレートが9Hzなので、実質はSCOUT 3 320との戦いになるだろうか。
●単3電池を使用可能で、電子コンパスやGPS、Wifi機能、簡単に静止画や動画を撮影できる機能があるのは良い。一方FLIR SCOUT 3 320は軽量でスリムで持ちやすいボディに、比較的優秀な映像処理ソフトがあるのが強い。また、防水性能もOTS-HDが防雨レベルなのに対して、FLIR SCOUTシリーズは水中に投入しても壊れないタフさもある。
●現在OTS-HDシリーズはOTS 4Tシリーズとなっており、映像処理を含めた基本性能も少し向上している。手軽に交換できる単3電池を使用できる強みはなくなり、より長持ちな内蔵式バッテリーへと変更されたが、実売価格はFLIR SCOUT 3 320とあまり変わらないか少し安いくらいだ。
●現在のOTS 4Tに関しては触れたことがないため評価はできないが、今回レビューしたOTS HD384とSCOUT 3 320だと、私は後者を選ぶだろう。OTS HD384に関してネガティブな点はいろいろあるが、まず何よりも持ちにくいボディが問題だ。長時間の偵察活動で持っていようとは思えなかった。UIに関しても、電源を入れて使用できるまでの時間や、カラーパレット変更の煩雑さが足を引っ張る。何よりもNUC作業時にレンズをわざわざ覆わなければいけないのが面倒だ。